時事ネタコラムのページ [利酒日記別室]

2013年10月



2013年10月2日
 大阪都構想に暗雲


 この前の日曜のことであるが、政令指定都市の大阪府堺市で市長選があり、即日開票された。

 無所属(民主推薦、自民支持)の現職と、大阪維新の会公認候補の一騎打ちとなったことが 話題を呼び、大きな注目を集めていたが、結果は現職の勝利。

 有権者が最も関心を寄せ、選挙の争点となっていたのが、大阪維新の会が提唱する「大阪都構想」。 現在の大阪府を大阪都に変更し、政令指定都市の大阪市と堺市を解体し、特別区に再編するというもの。 現職はそれに明確に反対している。

 竹山市長はそもそも維新の支援を受けて当選したはずなのに裏切りだという指摘があるが、 当時は都構想の話などなかったはず。だから竹山氏はその後の都構想協議会入りを 固持したわけで、筋が通らぬという批判はお門違い。

 今回、維新が負けたことで、堺市が大阪都に加わる可能性がかなり低くなった。 それどころか、都構想そのものにも暗雲が立ちこめてきた。 維新の会は、堺市を含めた都構想への意欲をまだ燃やしているようだが。

 敗戦について、維新の橋下代表は、自分の言動などによって不信感を招いたのが原因と語っていたが、 橋下人気が維新を支えてきたのは事実。その人気が陰ったとたん、彼らの言う都構想自体の人気がなくなる というのは、そもそもその政策が支持されていたのではないことの証左。 もちろん、堺市と大阪市では温度差もあろうが、これによって大阪市民の考えも変わってくるに違いない。

 彼らの言う都構想は、府と市の間にある二重行政を解消し、大阪が一つになって成長戦略を描くというものだが、 そもそも政令市になって間もない堺市と大阪府との間に、二重行政と言われるほど深刻な事態があったのか疑問である。

 それにもし二重行政があるのなら、府のほうが一歩引けばいいのである。 よく言われている大阪市内に市と府が運営する似たような施設が併存しているという問題は、 府が身を引いて市の施設に一本化すれば済む話。それをなぜ、市を辞めて府直属の特別区にしたいのかと言えば、 府に財源が欲しいからである。

 私は、政令市が府県から独立する「特別市」制度にすればいいと思う。 府県に残された他の自治体が税源不足で苦しくなるとすれば、市町村再編で基礎自治体をもっと大きくして効率化を 進める方法だってある。

 そもそも維新の会が手本としている東京都と特別区の関係は、彼らが思うほどうまくは行っていない。 特別区は財源的に自由が制限されていることから、市として独り立ちしたがっているのが実情だ。 特に100万以上の人口を抱える世田谷区などは、独立すれば政令市と並ぶ規模。 都の縛りから離れ、独立してやってゆきたいのは明らかだろう。

 蛇足だが東京都の特別区は、SETAGAYA CITY、CHUO CITY などと、 英語名に区を意味する WARD ではなく、都市を意味する CITY を用いている。 インターネットのURLも www.city.chuo.lg.jp などとしている。

 「都は東京だけ。大阪が都を名乗るな」などという的外れな批判もあるが、 少なくとも堺市民の間では、大阪都の特別区になるよりも、政令市としての堺市のままでいいという 人のほうが多い。

 都になっても堺はなくならない、と維新は言うが、名前云々ではなく、 都に一旦財源を吸い上げられ、再配分されるとしても、使い道は都のコントロール下に置かれる。 一元管理で自分たちの思うままにしたいというのが、権力志向の維新の最大の目的だ。 そうなれば地域の自主性は失われる。

 維新の政策に反対すると「既得権擁護」というレッテル貼りを(維新の会と支持者から)されてしまうが、 堺市の既得権とはそもそも何を言っているのか。都になったらそれが打破されるのか。 既得権批判者は、ほぼイメージだけで語っている。 今こそすべての市町村が、自立して力強く生きてゆく体制を、目指すべきではないのか。


2013年10月10日
 卑劣な差別行為は許されぬ


 京都朝鮮初級学校を運営する京都朝鮮学園が 「在日特権を許さない市民の会」(在特会)と会員らを相手取り、 学校周辺での街宣活動の禁止や計3千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が7日にあり、 京都地裁は、街宣活動について「著しく侮辱的、差別的で人種差別に該当し、名誉を毀損(きそん)する」 として計約1226万円の賠償を命じた。 また、同学校の移転後の新校舎付近で、新たな街宣活動を差し止める異例の判断も示した。

 非常に常識的な判断で、判決についてはいわゆる保守派からも賛同する声が出ているようだが、 反面、危うさも秘めている。

 最近、このようなヘイトスピーチが在日韓国・朝鮮人の方々が多い東京・新大久保や大阪・鶴橋などで 多発しているらしく、非常に腹立たしい限りである。 今回の判決に対し、当の在特会は「発言は事実に基づいた公正な論評」などと批判しているようだが、 「スパイの子ども」「犯罪者に育てられた子ども」「日本からたたき出せ」「殺せ」 などというスピーチのどこが事実に基づいた公正な論評なのか。

 このような卑劣極まりない言動は、最近、インターネット上でも容易にみつけることができる。 特に現自民党政権発足後は益々ひどくなっているようだ。 保守タカ派政権が力を持っているからといって、排外的な言動が許されるわけではないのは自明のはずなのだが。 政治が思想をつくっている、あるいは後押ししているような気がしてならない。

 私は、今回の判決は至極真っ当と思う一方、言論を萎縮させてはいけないとも思う。 どのような発言であっても、その自由は基本的に保障されるべきで、 一様な線引は簡単ではない。言論に対しては言論をもって応対すべきで、 行動を差し止めることに関しては、慎重でなければならない。

 ただ、今回の被告らの行動は言論行為などではなく、単に人を傷つける卑劣な差別行為 だったことは明らか。 それを司法が認め、断罪したことは、この国が健全な方向に軌道修正できる自律性を まだ保っている証と思える。


2013年10月12日
 やられてもやり返さない


 今年は流行語が豊富なので、流行語大賞候補がたくさんある。いや、あった(過去形)。

 「今でしょ」から始まって、「じぇじぇじぇ」「倍返しだ」 ときたが、結局「お・も・て・な・し」で決まりそう。 多分決まるだろう。五輪招致という、国を挙げてやった一大イベントだから、 これを外すな、という圧力がかかるだろう。


 で、今日のテーマは、お・も・て・な・し。ではなく、倍返しである。

 私は件のドラマをまったく見ていないので、そのセリフを直接聞いたことはないが、 流行り始めたころに、なんて "はしたない" 言葉かと思った。それと同時に、 今のこの国の風潮だからこそ、流行る言葉であるとも思った。

 やられたらやり返す。力には力をもって反撃する。 まさに昨今の風潮だ。思いやりのかけらもない、殺伐とした世の中。

 ネット上を探せば、自分よりも弱い者を叩く罵詈雑言があふれている。 そういう連中は、弱い相手にしか吠えない。権力にはすり寄る。わかりやすく、面白い。 まったく、今この国は病んでいる。


 私が人生において指針にしているポリシーとは180度異なるので、 「倍返し」には言いようのない嫌悪感を感じる。

 私のポリシーは、「やられたら自分が悪いと考える」 「やられたらやられた理由を追求して反省する」「やられたときこそ耐える」 「やられたらやられないような人間になる」である。

 この態度が卑屈と言うなら、言えばいい。これが私のメンタリティであり、プライドだ。

 やられたらやり返すような人間は、最低である。 同じ卑劣な人間に成り下がっているだけなのだ。

 そこで同じレベルに落ちないで、孤高を保っていられるか。 それこそが人生における試練であり、それが人生そのものではないか。

 やられてもやり返さない。サウイフモノニ、ワタシハナリタイ。


2013年10月20日
 教育を間違った方向へ持って行くな


 政府の教育再生実行会議が、国公立大入試の2次試験から 「1点刻みで採点する教科型ペーパー試験」を原則廃止する方向で検討していると報じられた。

 同会議は「知識偏重」と批判される現在の入試を見直し、 センター試験を衣替えした複数回受験可能な新しい大学入学試験と、 高校在学中に基礎学力を測る到達度試験の二つの新テストを創設し、 大規模な教育改革を進めるという。

 1週間ほど前、このニュースを聞いた時には、耳を疑った。 彼らの現状認識そのものからして、大きくずれているからだ。

 「知識偏重」とか、「学力一辺倒」などと現状の入試が批判されているのだが、 大学は勉強をしに行くところである。むしろ最近の大学生の学力低下こそが問題なのである。

 AO入試などが増え、本来なら大学に入ってはいけないような学生が入ってくる。 平均学力が下がるのも当然である。このような入りやすい道を作ったのは、 少子化で自分たちの「顧客」の減少を恐れた一部大学の「商売」のためであろう。

 学力試験を面接などに置き換えた場合、今度はどのような受け答えをしたら 合格しやすいか、面接官の受けがいいかを教え、訓練する予備校が現れる。就職面接と同じである。 そういう場当たり的な対応能力に長けた生徒ばかりが優遇される結果となる。 一度の面接で「人物」などわかるわけはないし、そもそも大学で勉強をするのに「人物」など 関係ないと思われる。

 現在の大学に対しては、産業界から「即戦力」を求める声も多く、 そのことが大学の「就職予備校」化を促進している面があるのだが、 社会ですぐ通用する人材を寄こせということ自体が、産業界のとんでもない要望であり、 思い上がりであると私は思う。 大学を就職予備校にしてはならない。基礎的な研究などをきっちりとやり、 学問的問題解決能力、応用能力などを身につける場であるべきだと思う。

 ただ、一発勝負で合否が左右される入試制度には、再考の余地がある。 これは、高校時代の学力到達度を慎重に測れる試験を数回に分けて実施することで対応可能だろう。

 大学入試以外でも、知識偏重、暗記偏重などと批判され、既に制度が変更されたものに 司法試験がある。いわゆる司法制度改革によって、法科大学院(ロースクール)が創設された わけだが、同改革が失敗であったことは今や明らかだ。 試験のハードルを下げると、学力不足の合格者が増え、全体のレベルが下がる。 さらに過当競争で業界全体が疲弊する。 切磋琢磨してレベルアップなどという理想とはほど遠い状態になる。 そもそも国家試験に暗記を課しているのには理由がある。暗記すら克服できない人間に、 高度な問題解決能力を求めるのは難しいからである。一見理不尽に思えるが、 暗記試験というのはなかなか良くできたものなのである。

 暗記とクリエイティビティは相反するように言われがちだが、私の経験では、 クリエイティブな発想力や、高度な問題解決能力を持っている人は、一般に暗記力も優れている。

 教育の場で「知識偏重」が問題視されるというのは、 物事を自分の頭で考える人間を育てたくないのではないか?と勘ぐりたくなる。 偉い人たちはものを考えない従順な若者を増やしたいのだろうか。


2013年10月25日
 何がヒミツなのかはヒミツ。だってヒミツなんだもん。そんなこと訊こうとするヤツはタイホしちゃうぞ。


 安倍内閣は、かねてから重大な懸念が各方面から寄せられていた「秘密保護法案」を国会に提出した。

 これは、外交や防衛などに関わる秘密を漏えいした公務員らの罰則を強化することが目的とされているが、 問題の核心は、概ね次の3つにある。

 対象となる「特定秘密」の範囲があいまいで、無制限に拡大されるおそれがあること。 その「特定秘密」を決めるのは大臣などの行政機関の長であるということ。そして、 報道機関などの取材の自由が十分には確保されていないことだ。

 「特定秘密」は@防衛、A外交、B特定有害活動の防止、Cテロの防止の4分野の情報のうち 「国の安全保障に著しい支障を与える恐れがあるもの」と定めているのだが、 安全保障に著しい支障を与える恐れのある事柄であると何省かの大臣が勝手に決めれば、 それが秘匿すべき情報となってしまう。

 国民の知る権利を守るための取材の自由の確保については、 「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、 法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、 これを正当な業務による行為とするものとする。」との規定があるが、 「著しく不当な方法」などという表現は、どうにでも解釈できてしまう条文である。

 結局、時の政府に都合の悪い情報は、一方的に「秘密」ということにされ、 おそらくそれを執拗に取材しようとする行為は「著しく不当」とみなされ、処罰される。 どんどん物が言えない、聞けない社会になる。こんな国を、民主主義国家というのだろうか。

 この法案に賛成する人たちは、公務員がどんどん情報漏洩したら国が成り立たない、 処罰は当然、これまで法律がなかったのがおかしい、などと言う。 彼らの言っていることはごく上っ面の当たり前のことだけで、核心には言及していない。 言及すると自分たちに都合が悪いから、できるはずがないのだ。 彼らは国家による統制こそを望んでいるのだから。

 政府は、原発やTPPは対象外だと説明するが、そんなことは法律ができてしまえば手のひらを返すに決まっている。 「状況が変わった。テロの脅威が高まっているから、原発の情報は特定秘密だ。 法律を作った時には想定できなかった事態だ」などと言い出すに違いない。

 沖縄返還の際の日米間の密約について、裁判所もその存在を認定したのにもかかわらず、 政府自民党はいまだに否定し続けている。 二度と同じようなことがあっては困ると考えているのは明らかだろう。

 ホラ吹きのホラがばれないように隠蔽するための法案など、即刻廃案とすべきものだろう。

 福島原発の汚染水問題のこともそうだが、 誰が聞いても明らかなウソを強弁する首相と政府が、なぜこんなに支持されているのか、 私にはまったく理解できない。


2013年10月26日
 ここにも大ウソつきが一人


 大阪市の橋下徹市長が25日の記者会見で、大阪市営地下鉄の初乗り運賃を 来年4月から20円値下げする方針を決めたと発表した。開業以来初めての値下げだという。

 ただこの措置は、民営化を見越したものだといい、来年(2014年)10月までに市議会で民営化の決議が 得られない場合には、料金を「元に戻す」と述べており、民営化に慎重な市議会の主要会派(公明、自民、民主) は猛反発している。

 大阪市営地下鉄は、前・平松市長時代の2010年度に日本の公営地下鉄としては初めて累積欠損金(累積赤字)を解消し、 赤字の市バス事業への支援をしながらも黒字を実現している。この快挙はもっと宣伝されていいものだが、 橋下市長は「バスの赤字」ばかりを強調し、終いには地下鉄の黒字分をバス事業へ充てることも意図的に停止し、 赤バス(100円バス)を全面廃止するなど、危機を煽ってきた。 そしてこの危機は、民営化して解消するしかないと主張する。

 市営交通は黒字化した健全な事業ではないのか?と問われると、 彼は「公営で黒字化できるなら、民営化すればもっと利益を出せる」などと返答。 この理屈だと、公営事業はとにかくすべて悪だと言っているのに等しい。

 そもそも公営交通というのは、単体では赤字になってしまう路線なども市民の便益を考慮して、 必要ならば税金も投入して維持すべき重要な社会インフラであるはずだ。 それを、赤字になるなら廃止せよというのは、市場原理主義者特有の発想である。 大阪市以外のすべての公営地下鉄が赤字を抱えながらも存続しているのは、言うまでもなく 公益事業であるからだ。その是非を決めるのは、もちろん市民である。

 ところで今回の「値下げ」とやらにはカラクリがある。というか、大きなウソがある。 初乗り運賃を20円値下げする陰で、実は他の区間はすべて10円ずつ値上げするのである。 新聞に各運賃区間の1日当たりの乗客数が載っていたので、計算してみた。

区 間 現行運賃 乗車人員/日 改定額 増・減収
1区 200円 71.3万人 ▲20円 ▲1,426万円
2区 230円 87.6万人 +10円 +876万円
3区 270円 56.1万人 +10円 +561万円
4区 310円 16.1万人 +10円 +161万円
5区 360円 2.2万人 +10円 +22万円
改定による増収額 +194万円

 なんと、値下げどころか、トータルでは見事に値上げになっている。 1日当たり約200万円弱の増収である。これを「値下げ」と強弁する のはホラの類であろう。

 ただ、来年4月から消費税が増税される予定なので、この程度の増収では賄いきれないのも事実。 増税分の転嫁を一部据え置くというのが正しいかもしれない。だとしたら、 全乗客の約3割にしか恩恵のない初乗り運賃だけの値下げなど、やるべきではないだろう。

 私が懸念するのは、民営化万歳のムードの中、儲かる路線や区間だけは値下げし、儲からないところは 廃止する流れになること。

 市営交通だからこそ、黒字分で赤字路線を支え、これ以上地域格差を広げない 方策が必要ではないのか。それを否定したいがゆえの民営化推進なのではないかと、思えてならない。

 私は、大阪市営地下鉄の初乗り運賃値下げには、明確に反対する。



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