時事ネタコラムのページ [利酒日記別室]

2019年03月


2019年3月29日
 息子へ


 卒業おめでとう。ついにこの時を迎えましたね。 決してここを見ることがないのを前提に、今思っていることを書きます。

 月並みな表現だけれど、22年という月日は、長いようでいて、あっという間。 振り返ってみて思い出すのは、何か特別なイベントよりも、 一緒に暮らした何気ない日常のワンシーンが多い。

 あれは確か3歳くらいの頃。夏におじいちゃん、おばあちゃんの家に行った帰り、 駅ホームで、あと3分くらいで新幹線が来るというタイミングで、トイレに行きたいと言い出した。 慌てて抱きかかえて階段を下り、何とか済ませて戻ることができた。 その一部始終を見ていたおばあちゃんが、息子である私に向かって、 「ちゃんと父親をやってるんだね」と言った。

 小学校低学年くらいの頃は、週末によく、家族3人で近所の公園に、 わざわざお弁当を持ってお昼を食べに出かけたりした。同じように同級生の家族も来ていることがあり、 子どもたちが遊んでいるのを、親たちはほほえましく眺めていた。

 たまに旅行に出かけた時は、好きな電車が窓から見える部屋を選んで泊まったりしていた。

 小さい頃から動物が、とりわけ魚が好きだったから、水族館巡りをよくした。 水槽に泳ぐ魚の名前を、すべて正確に言い当てるような子だったから、 大学で魚の研究をすると聞いたときには、何も驚かなかったし、やっぱりそうかと思った。

 今日につながる大きなイベントとしては、中学受験の初日の朝が忘れられない。 まだ外が暗い時間に一緒に家を出た。電車の中で緊張しているであろう君に、ミント菓子を手渡した。 あのとき、2粒取り出すこちらの手のほうが震えていたかもしれない。 試験前に塾の先生方が開いてくれた直前授業を見守る親たちの緊張感に比べ、 子どもたちのほうがしっかりしていたことも、すごく印象的だった。

 初日の第1志望校の試験を終え、次の日は、父親の私が合格発表を見に行く役割だった。 正午発表なのに11時前に着いてしまい、いたたまれなくなって、 1時間学校周辺をあてもなく歩き続けた。正午前に学校に戻ると、既に掲示板前は人でごった返していた。 掛かっていた幕が取り払われると、そこかしこで「番号があった」と号泣するお母さんたち。 なんとかその人混みをかき分け、掲示板に君の受験番号を発見したときは、 周囲の泣き声にもつられてしまい、番号が少しかすんで見えた。 そのあとすぐに、別の学校の受験を終えた君の携帯に電話をし、 「番号があったから。入学手続をするから。すぐにお母さんとタクシーでこっちに来なさい」と告げた。 あのときのことは、今でも鮮明に覚えている。

 それからの6年間も、本当によく頑張ったと思う。毎年夏と冬にある勉強合宿も、こともなげにこなしてきたし、 入学当初は真ん中より下だった成績も、気づけばだいぶ上がっていた。

 そして、大学受験の話をする頃には、もう親の出る幕はほとんどなかった。 家を出て下宿をすることも、すべて自分で決めていたし、その意志を変えることもなかった。 「家から通える距離の学校はどう? 通えたとしても、一人暮らしをしたいのならさせるから。」 何度そう持ちかけても、頑として首を縦に振ることはなかった。 親としては、偏差値とか学校名とか実はどうでもよく、なるべく近くにいて欲しいのが本音だ。 しかし、君が思い定めたのは、家からは最も遠いところにあると思われる学校だったね。 それほどまで親元から離れたいと考えているとしたら、私たちの子育ては大成功だったと言えるだろう。

 幸いと言うべきか、志望以上の学校に受かってしまい、 そこまで遠いところに行ってしまう結果にはならなかった。 それでも、当初の本人の決意通り、家族3人揃っての暮らしは、たった18年で終わった。 君が出て行った2015年3月29日の朝のことは、一生忘れないだろう。

 離れて暮らして4年。もう二度と戻ってくることはないと思うから、この生活がこれからも続くことになる。 少ない仕送りのため、アルバイトやサークル活動で忙しく暮らす中、大学3年で、もう卒業単位を取ってしまい、あとは卒論だけだと聞いたときには、 我が子ながら本当に尊敬したし、成長を実感した。

 卒業式といっても、そのままあと2年同じキャンパスに通うから、 あまり感慨はないかもしれない。でも、卒業式後に直接話したように、 その卒業証書は、小学校4年生からずっと頑張ってきた君に贈られた勲章だ。

 親としては、まるで親につきつけられた「卒業証書」のような気がして、 これまでの22年間を色々思い出してしまった。あと2年、学費を払わせてもらうことで、 辛うじてつながることができる、いわばアディショナルタイムのようだ。

 人から見れば、これまでうまく行きすぎていると思うから、 きっとこれからの人生で、大きな挫折を経験する時がくる。 親として決してそれを望んでいるわけではないけれど、人生の先輩としては、 壁にぶち当たることも必要だと思う。

 それをどう乗り越えていくか。勝負に勝ち続けてきた人間は、 負けることに慣れていないから、立ち上がれないほどのダメージを受けるかもしれない。 そういう経験をすることで、本当に強い人間になれる。

 もう何も手助けできることはない。これからの人生を、 これから起こるすべての出来事を、自分一人だけで切りひらいていける人になってほしい。 それを遠いところから、見守っている。



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